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つれづれ日記/安曇野ちひろ美術館前館長、長野県信濃美術館・東山魁夷館前館長松本猛(たけし)のBlog

カテゴリ: つれづれ日記

頌春

更新日:2011.01.05

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あけまして おめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします。

正月の挨拶には頌春(しょうしゅん)や迎春や初春というという言葉がよく使われる。春の到来を喜ぶ気持ちが込められた言葉だが、安曇野ではこれから雪の多い季節を迎えるのだから、いささかそぐわない感もある。もちろん、この言葉は旧暦が使われている時代に生まれたわけだから、今の暦で言えば、立春の前後、つまり2月にはいってからのことになる。誰にとっても春の気配を感じ取るのはうれしいことだから、この言葉が生まれたのだろう。ともあれ、新しい年は、よろこびをもって迎えたいものだ。

年末年始というのは、かつては仕事から解放されて、のんびりするのが当たり前だったはずだ。ところが、近年、どうも忙しい。この期間に、原稿をまとめて書くということが多くなったからだろうか。昨年の12月に何とか書き上げた『選挙カーから見た信州』(今月末、しなのき書房より出版予定)の校正など、いろいろやらねばならないことが多かった。

それでも、入稿してから年末に校正原稿が送られてくるまでの間に、久しぶりに映画を観る機会があった。若いころ読んだはずの「ノルウェイの森」の内容を覚えていなかったのでを観る気になったのだ。『1Q84』はまだ読んでいないが、村上春樹はいくつか読んで評価している作家の一人だ。『ノルウェイの森』の赤と緑の上下巻の表紙は鮮明に記憶に残っているのに、どうして内容が思い出せないのかが気になっていた。

映画は映像と音楽による心理描写など、エゼンシュテインのモンタージュ理論を思い出させるようなオーソドックスなつくりで、安心してみることができた。村上春樹はぼくより少し年上だが、ほぼ同世代だ。ぼく自身の若いころを重ね合わせるようにして観ることもでき、映画としては納得できるものだった。しかし、本の内容を思い出せたかというと、残念ながらあやふやなままだった。

あとからなぜなのだろうと考えた。それは描かれた時代と関係があると思い至った。ぼくは、70年安保やベトナム戦争に対して疑問を持ち、学生運動のさなかに身をおいていた。『ノルウェイの森』の舞台はまさにその時代だ。おそらく、あの時代を描くのに、人間の内面の問題だけに入り込む小説を、まだ若かったぼくは許せなかったのだろう。時代を見る感覚がぼくとは違うと思い、途中で読むことを放棄したのかもしれない。

学生のころ、ぼくは画壇の頂点にいた東山魁夷の絵をよく見もしないで否定していた。画壇的権威に対して疑問を呈していたぼくは、画壇の問題と魁夷を一緒くたにして否定しようとした。

今になれば、東山魁夷も村上春樹も、その価値が分かる。年齢を重ねるということは新しいものが見えてくることでもあるのだろう。

今年、年男のぼくは、今のぼくにしか見えないものを発見し、新しい地平を切り開いてみたい。

松本猛

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