
松本猛(たけし)のブログ「つれづれ日記」。日々の感じたことや考えたことなど、つれづれなるままに綴っていきます。
2012年もあっという間に10日が過ぎました。去年一年もまたたく間に過ぎていったというのが実感です。何か、毎年、毎年時間が過ぎるのが早くなっているように感じるのですが、これは、今まで生きてきた時間よりも、残りの時間が少なくなってきているからなのでしょうか。 今年も、よろしくお願いします。 正月8日にに、BSフジで絵本作家の村上康成さんの番組がありました。彼と年末に酒を酌み交わしたときに「見てくれ」といわれていた番組でした。村上さんがしばしば通う、沖縄の石垣島の自然を、彼がどう受けとめているかを追った番組でした。珊瑚礁の海にもぐり、数ミリの大きさしかないウミウシの宝石のような美...続きを見る
ベランダで雪化粧をしたバラ 激動の2011年が終わろうとしています。 3.11はぼくにとって今まで生き方を問い直させる大きな出来事でした。とくに原発の問題は、人間の文明というものについて、深く考えさせるきっかけになりました。 ぼく自身、電力というものに対しての意識が薄らいでいたことを思い知らされたました。どこかで空気や水のように、いつでもそこにあるものというように思いこんでいました。電気を享受するということも、人間が生活するということも、実は自然と深くかかわっています。 アメリカの先住民の言い伝えのなかに「7代先を考えて判断せよ」という言葉があります。一本の木を切るに...続きを見る
冠雪した有明山と大天井岳 山が白くなると、今年も終わりに近づいたと思う。 薪の燃える炎を眺め、はぜる音を聞いていると心が無になって、古からの時の流れのなかに身を置くことができるように感じる。縄文の人々にとっては、冬を生き延びるためには炎がなくてはならなかった。 昨日、今日と奥蓼科の明治温泉へ出かけた。信州自遊塾の小旅行講座「カラマツストーブを囲んで信州の森を想う」に参加するためだ。標高千数百メートルの明治温泉では、今朝、車の窓に氷が張り付いていた。 講師である諏訪自然塾の塾長、清水馨さんは、野生植物のエキスパートであると同時にカラマツストーブ普及LLPの代表でもあり、...続きを見る
奥蓼科から八ヶ岳を望む 八ヶ岳の裾野の向こうに南アルプスを望む 奥蓼科の白樺林 9月末から2週間ほど東山魁夷の取材でドイツ・オーストリアを巡り、ハンガリーのブタペストまで足をのばした。こちらの報告は写真の整理がついてからいずれブログにアップする予定です。 先日、信州自遊塾(http://www.jiyujuku.org/)と手を携えて活動しようという諏訪自然塾の開講式があった。このとき、塾長の清水馨さん(奥蓼科のぬしであり、野生植物の神様のような人)や地質学者の熊井久雄さんの案内で5時間ほど奥蓼科の自然のなかを散策した。 むかしは富士山より八ヶ岳のほうが高く、富士山が怒っ...続きを見る
そば畑の向こうに稲穂が光る安曇野 中秋の名月を過ぎ、安曇野は一気に秋の気配が漂いはじめた。虫たちはそれぞれの音色を響かせ、軒下や木立のあいだのクモの巣は、風に揺れてキラキラ輝く。 山桜の葉が静かに落ちると、かさこそと音を立てて動いていった。秋が来たのだ。林の中を歩くと、枯葉がが敷きつめられ、キノコが顔をのぞかせている。 キノコの季節が始まると思うとうれしいが、先日行った福島のことを考えると悲しくなる。野山は放射能に汚染され、キノコはもっともあぶない食べ物になってしまった。福島では何年もキノコ狩りができなくなるのだろうか。 9月11日に信州自遊塾のシンポジューム「信州の自...続きを見る
これ以上進入できない浪江町の道路 表土を剥いだ川俣町の小学校の校庭 ブルーシートの中には汚染された土がある 先日、福島の小学校を訪ねた。飯舘村の避難を余儀なくされている三つの小学校は伊達郡川俣町の中学校を借りて授業をしていた。しかし、元気いっぱいの子どもたちは外に出ることができない。 3月以降避難するまでに被曝した放射線量が高いからだ。外にでるということは、放射線の蓄積量を増やすことになる。飯舘の子どもたちは全員ホールボディーカウンターの検査を受け、かなりの時間が経過した後のチェックだったにもかかわらずヨウ素やセシウム反応が高かった子もいたそうだ。 子どもたちは、それぞれの...続きを見る
この夏はほんとうにいろいろなことが重なり、すっかりブログからご無沙汰してしまいました。 忙しかった理由の一つに信州自遊塾の立ち上げがありました。3.11以後、われわれはどう生きたらいいのだろうか、という問いをたくさんの人が発してきました。松本大学の元学長の中野和朗先生と、ちゃんとものを考え話し合う場が必要な時代だと話し合う中で、信州自遊塾というものをつくろうということになりました。中野先生が名誉塾長で、不肖、私が塾長を務めさせていただくことになりました。松本、安曇野、塩尻、諏訪などから30人ほどの運営委員が集まり、塾の方針を決めて、楽しく考え、語り合おうという場です。第一回イベントとして...続きを見る
仙崎の街並みと金子みすゞ記念会(金子文英堂) 金子みすゞの部屋 家のそばの道ばたに咲くホタルブクロ 我が家の近くの道ばたにホタルブクロがたくさん咲いていた。 ホタルブクロの名のいわれは、蛍が出るころ、水辺近くに咲くこの花に蛍を入れて遊んだからといわれる。子どものころ、蚊帳に蛍を入れて遊んだことはあったが、いにしえの遊びはなんと優雅なことだったか。 詩人の金子みすゞだったら、どんな詩を作っただろうと、思いをめぐらせた。蛍に寄り添うか、ホタルブクロに寄り添うか、はたまた、ほのかに灯りが点滅する提灯型の花の美しさを詠っただろうか。 しばらく前、山口県長...続きを見る
瀬戸内海に二つしか残っていない常夜灯 ジブリのアニメーション映画「崖の上のポニョ」の舞台になったのが広島県福山市の鞆の浦だ。万葉の時代から歌に読まれる景勝地で、古い町並みが残ることで知られている。歴史的な街とポニョの舞台ということも興味があったが、もう一つ訪ねてみたい理由があった。鞆の浦は埋め立てと架橋工事が計画され、それに対し、反対派の住民が訴訟を起こし、広島地裁が差し止めの判決を下した。歴史的景観の保護を理由に大型公共工事にストップがかけられたのははじめてのことだった。 観光案内所で「どこに架橋は計画されたのですか」と観光地図を見せると、女性の担当者は鞆の浦のシンボルである常...続きを見る
福岡県田川市の石炭・歴史博物館でユネスコの世界記憶遺産に指定された山本作兵衛の炭鉱記録画を見てきた。田川市には炭鉱の坑道に入るための縦抗の鉄塔や煙突がまだ保存され、おおきなボタ山も残っており、当時の炭鉱町の姿が偲ばれる。 1960年ころ、石油資本の圧力などによるエネルギー政策の転換によって、炭鉱閉鎖が次々と行われ、大変な労働争議が起こった。そのころ、ぼくは小学生だった。父の松本善明がが労働争議の弁護士をしていたこともあって、当時の記憶は鮮明に残っている。 「あんま~り煙突が高いので、さぞやお月さん煙たかろ・・・」と歌う炭坑節の煙突(写真)を目の当たりにし、写真資料を見な...続きを見る
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